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広島高等裁判所 平成9年(く)54号 決定

少年 T・M子(昭和56.9.4生)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

1  本件抗告の趣意は、少年作成の抗告申立書に記載されているとおりであるから、これを引用するが、その要旨は、「原決定は、少年が、(1)平成9年4月26日、原判示○○小学校本校舎南側において空缶自動選別回収機1台他17個を焼燬して損壊した、(2)同年8月27日、原判示○○警察署○○交番において、勝手口ドア上の天窓ガラス一式を損壊した、(3)同年9月26日原判示○○神社境内において、シートカバー1枚を焼燬して損壊した、(4)同月27日、広島県警察本部○○部○○課勤務の警察官A子に対し、原判示のように他人の背中を刺した旨虚構の犯罪を電話で申し出た、(5)同年10月5日、原判示○○中学校第3校舎北側校庭において、養生シート2枚を焼燬して損壊した旨認定したが、(2)の非行は、少年が同年9月17日に保護観察に処せられたぐ犯事実とその内容が同一である上、少年は、右(3)及び(5)の非行を行っておらず、原決定には決定に影響を及ぼす重大な事実誤認がある。」との趣旨に理解されるものである。

2  まず、事実誤認の主張について判断する。

一件記録によると、〈1〉平成9年9月24日午後5時ころから同月26日午前8時ころまでの間に、前記神社境内に駐車中の軽四輪自動車のシートカバーの一部が焼燬されていたこと(以下、神社事件という。)及び〈2〉同年10月4日午後7時ころから同月6日午前7時50分ころまでの間に、前記中学校第3校舎北側校庭に置いてあった養生シート2枚が焼燬されていたこと(以下、中学校事件という。)がそれぞれ認められる。

ところで、少年は、平成9年10月6日、前記(1)の事実及び中学校事件の被疑者として逮捕されて以降、原審審判終了に至るまで一貫して神社事件及び中学校事件について自白していたところ、右各自白は虚偽の自白であって、神社事件及び中学校事件のいずれも少年が行ったものでないと主張し、当審における事実取調べにおいてもその旨供述しているので、右各自白の信用性について検討する。

少年の捜査段階における供述内容は、〈1〉神社事件については、自動車のシートに火をつけたのは原判示(4)の事件を起こして警察官が大騒ぎしているのを陰から見て楽しんだ前日であつたこと、当日夜10時ころ、警察に悪戯電話をかけようと思って前記神社境内に行ったところ、境内に3台の車が駐車していた、その後、携帯電話で何回か警察に電話して警察官と話すうち、少年が名前を知っていた○△警察署の○○警察官から「働きなさい。」と言われて帰ろうとしたが、まだ午前零時30分ころなので何か悪戯をしようと思い、駐車中の車の1台のシートカバーにライターで火をつけた、点火に際して当夜の雨でシートが濡れていたため、直ぐには点火せず、何回もライターの火をシートカバーに当てて、ようやく小さい火がついて次第に大きくなったので家に逃げ帰ったというものであり、〈2〉中学校事件については、10月4日に松山市で警察に悪戯電話をかけたことで○□警察署で補導され、翌5日迎えに来た母と帰宅したが、家人に叱られるかもしれないと思い、何処かで火をつけて気を晴らそうと考えてライターを持って外出し、公園内のこどもの広場で青色ビニールシート等に火をつけたり、10回位119番に無言の電話をかけたり、岸壁で時間潰しをしたりした後、母校である前記中学校で火をつけようと思って中学校に行ったところ、校庭にビニールシートが置いてあったのでこれに点火した、点火したのは午後8時ころで、点火の方法は、2種類あるビニールシートのうち、柔らかくて着火し易く思えた青色シートを選び、約4ヶ所位に次々とライターを当てて点火したが、約5分位要したこと、右放火後近隣の○○小学校の焼却炉でダンボール箱に火をつけたり、119番に悪戯電話をしたり、中学校の火災報知機を鳴らしたりして帰宅した、というものである。

右に明らかなように、神社事件及び中学校事件に関する少年の自白は、各非行に至る経緯、その動機、非行の手段、方法及び非行後の行動などについて、いずれも詳細かつ具体的であるほか、非行の場所及び態様につき図面を作成したうえで説明したり、点火時の状況についていずれも実行したものでなければ語り得ない心境等が述べられている上、他の証拠、すなわち、神社事件については、自ら犯行場所に捜査官を案内し、引当たり捜査時には空地であった場所を指示して、ここに駐車していた自動車のシートカバーに点火したことを述べ、また、中学校事件では、中学校に赴く途中出会った旨供述している犬の散歩をさせている婦人について、同人(B子)から少年の供述どおりの裏付けがとれていること、各事件の前後少年がかけたと供述する悪戯電話や火災報知機を鳴らしたことについてもその裏付けがとれていること等に照らすと、十分信用することが出来る。

これに対し、少年は、当審における事実取調べにおいて、神社事件の際には自宅にいたし、中学校事件の際には、当夜、外出していたけれども、シートが焼燬された当時にはその現場にいなかったから、各非行をしたことはなく、捜査段階における自白は、このような行為をするのはお前しかいないと言われ、警察官が少年を信用してくれないので虚偽の自白をしたもので、その供述内容は、いずれも事前に場所を知っていたり、事件後捜査官に現場に連れて行かれたことで事件内容が分かっていたからそれらに基づいてしたものである旨供述している。

しかし、少年が自白をした際、特に捜査官から無理強いされたり、誘導されたりした様子が窺われないのに、前記のとおり詳細かつ具体的な内容の供述をしているほか、中学校事件については、非行の前後の行動につき、一部その裏付けが取れていること、少年が家にいたと供述する神社事件についての自白には、非行を行ったものでなければ知り得ない事実、すなわち、点火したシートが被せられていた位置及びその状況、殊に濡れていたかどうかなどの事実が含まれていることに徴すると、事前に場所を知っていたり、事件後現場の様子を見ただけでは知り得ない事情が述べられているのであって、少年の当審における供述は信用し難い。

以上に述べたとおり、少年の捜査段階の供述には信用性があり、これらの供述を含む関係各証拠によれば、少年が前記(3)及び(5)の各非行を行ったと認められ、原決定には所論の事実誤認はない。

3  ところで、原決定は、前に見たように、(2)の事実として、「少年が平成9年8月27日午前零時12分ころ、広島県呉市○○×丁目×番×号○○警察署○○交番において、○○警察署長管理にかかる県有財産○○警察署○○交番の裏側勝手口ドア上の天窓ガラス一式(損害額1万290円相当)を損壊した」との事実をも非行事実として認定しているところ、一件記録によれば、少年は、平成9年9月17日、広島家庭裁判所呉支部において、「少年は、平成9年8月27日午前零時12分ころ、○○警察署○○交番の裏側勝手口に投石し、同天窓ガラスを破損したり、同日午前零時25分ころ、公衆電話から同交番に『また、ガラスをわちゃろうか』等と電話する犯行に及んでいる。また、今までに再三深夜排徊を繰り返し、当署においても保護した都度、母親に引き渡して指導、助言し、本年7月26日から広島県中央児童相談所の児童福祉司の指導を受けているも、その後の行動も改まらず、家出を繰り返し、保護者の正当な監護にも服さず、母親も少年の監護に自信を失い、施設収容を強く望んでいる。よって、少年の性格及び環境に照らして、将来、同種の犯罪及び他の犯罪を犯す恐れが強いと認められる。」とのぐ犯事実により、保護観察に処せられていることが認められる。これによれば、右保護観察決定において、前記(2)と同一内容の事実が、保護観察決定のぐ犯性を根拠づけるものとして認定されていることが明らかであるところ、少年法46条本文は、罪を犯した少年に対して同法24条1項の保護処分がなされたときは、審判を経た事件について、家庭裁判所の審判に付することはできない旨規定しており、その趣旨は前に審判を経た事件がぐ犯保護事件であっても、ぐ犯事由及びぐ犯性を根拠づける非行事実が特定され、審判の基礎とされている場合には、右46条本文の趣旨が及ぶものと解される。そうすると、原決定は、審判に付することができない事件について更に保護処分をしたものであるから、右法条に反する違法があると言わなければならない。

4  しかし、原決定は、前記(2)の非行のほかに、同(1)及び(3)ないし(5)の各非行を認定し、これらを併せて検討した結果、少年の処遇としては少年院送致が相当であると判断しているところ、右(2)の非行を除いてみても、少年は、これまで、遠方への家出、いわゆるテレクラを利用した性的逸脱行動等へと問題行動を進展させている上、前記ぐ犯保護事件により保護観察に付された後も、保護観察所の指導や保護者の監護指導に服さず、前記(3)ないし(5)の各非行(神社事件、警察への虚偽通報及び中学校事件)を繰り返していること、少年には、不遇な成育環境等による強い不安や葛藤心があり、対人交流等を通じた社会適応が十分できない情況にあるところ、これに対する保護者の対応は十分でないこと等の諸点にかんがみると、少年の要保護性は強く、少年に対しては、矯正施設における適切な教育的措置により、その内面的負因を和らげて行動傾向を矯正し、健全な育成を図る必要があると認められるから、少年を中等少年院に送致した原決定の判断は結論において相当であると認められる。したがって、前記法条に反する違法は原決定に影響を及ぼすものではなく、本件抗告は理由がないことに帰するので、少年法33条1項後段、少年審判規則50条により、本件抗告を棄却することとする。

よって、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 荒木恒平 裁判官 松野勉 大善文男)

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